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2月, 2010の投稿を表示しています

自由と平等は両立するか?

自由であると格差が生まれ、 平等であると自由が奪われる。 政治の命題ですが、会社の運営にもあてはまります。 ルールと制約は最小限にし、本人の希望通りに自分で仕事を組み立てると、できる人とできない人の差が激しくなります。 人は被害者意識が大きいので、それが増幅されてギスギスした雰囲気になります。 ルールと制約ばかりで、やることと内容と範囲が決まっている場合はどうでしょう。 やることは同じなので、評価も同じです。 潜在的な能力がある人もない人も、同じ仕事をこなすようになります。 そこには平等はありますが、自由はありません。 この二つは二項対立でないと信じたい気持ちはわかります。 平等を、結果の平等ではなく、機会の平等だとする考え方もあります。 あとは、口では自由が大事だと言いつつ、実際に自由への殻を打ち破って、荒波打つ競争の世界に自ら飛び込むことができない人たちをどうするかです。 この人たちは実のところは自信がなく、導かれたがっている、煽動者からすると格好のターゲットです。 現在での私の考えの結論。 自由を基本としつつ、導きが必要な人たちに対してのみルールで縛っていく、です。

社員と話す

社長は千里眼ではありません。 社員の顔だけ見ていて、考えていることが分かるほど、人は便利ではありません。 社員と本音で話す、に尽きます。 相手の考えていることを理解しようとする姿勢です。

腹のさぐり合いでは信用できない

うちの会社にも社外秘のノウハウはたくさんあります。 他の会社から得たいと思うノウハウがあったとき、お互いに不信感があったらなかなか双方のノウハウ開示は進みません。 相手に、(こいつを利用してやろう)というたくらみが見え隠れした瞬間に、心の扉は閉まってしまいます。 その点、グループ会社というのはある意味本音でつきあっている仲間内であり、そのあたりの打算はありません。 つきあいの浅い会社と深くつきあいたいと思ったときにどうするか。 最初にこちらから本音を見せる。 相手の驚きと感動を誘う。 何を考えているかを全てさらす。 古人曰く、虎穴に入らずんば虎児を得ず、と。